ふたりの手紙、ふたりの想い
「ふたりの手紙、ふたりの想い」
春風が柔らかく吹く季節。大学のキャンパスで、彼はひとりの女性に目を奪われた。
図書館の窓際で静かに本を読んでいる姿が、まるで物語から抜け出してきた登場人物のように見えた。
名前も知らない彼女に、彼は恋をした。
けれど、自信がなかった。話しかける勇気はなかったし、自分の言葉が彼女に届くとも思えなかった。
彼は昔から、思っていることを上手に伝えられない性格だったのだ。
ある夜、部屋の机で、彼は決意する。
「手紙を書こう」と。
けれど、便箋に向かっても、ペンは進まない。
あまりにも言葉が浮かばない。
情けない気持ちに押しつぶされそうになりながら、ふと思いついたのだ。
「そうだ、AIに相談してみよう」。
アプリを開き、「好きな人に手紙を書きたい」と打ち込むと、まるで自分の心を代弁してくれるような文章が紡がれた。
「君の笑顔に、いつも心が温かくなります」
「もっと君のことを知りたい」――
そんな素直な言葉たち。
彼は胸が熱くなりながら、それを書き写してポストに投函した。
数日後、彼女から返事が届いた。
手紙を開いた瞬間、彼は驚いた。
そこには自分と同じくらい、いや、それ以上に思いやりと温かさに満ちた文章が綴られていた。
「あなたの手紙、とても嬉しかったです。私も、誰かにこんな風に見られているなんて思っていませんでした」。
彼は飛び上がりそうなほど嬉しくなった。
そしてまた手紙を書き、AIに助けてもらいながら、気持ちを綴る。
彼女もまた、丁寧な返事を送ってくれた。
文通は順調に進み、互いの気持ちは少しずつ深まっていった。
やがて、自然な流れで「会いませんか?」という話になった。
二人とも、文面ではなく直接言葉で想いを伝えたいと思ったのだ。
そして迎えた、約束の日。
桜が咲き始めた公園のベンチで待ち合わせをする。
彼は緊張で胸が高鳴る。
やがて、彼女がやってきた。
笑顔は変わらない。
だが、会話が始まると、どこかぎこちない。
彼の言葉はうまくつながらず、彼女も短く返すばかり。
沈黙が重く、冗談を言っても、笑い合えない。
文通であんなに心が通じ合ったはずなのに。
「……何か違う」と、お互い感じていた。
その夜、彼は悩んだ末に手紙を書いた。
「今日は緊張して、うまく話せなくてごめん。やっぱり、手紙だと素直になれるんだ」。
すると、彼女から返ってきた手紙もまた、優しく、温かいものだった。
「私も話すのは苦手で、ごめんなさい。手紙だと、もっと自分らしくいられる気がします」。
そして二人は手紙を通じ、お互いに淡い恋心を愛へと育てていった。
数か月が過ぎ、彼は思い切って正直に書いた。
「実は、手紙はAIに手伝ってもらっていたんだ。自分の言葉だとうまく書けなくて……」。
すると返事には、驚きの事実が書かれていた。
「私も……実はAIに手伝ってもらってたの」。
ふたりは思わず笑った。
なんだか運命のようだった。
同じAIに想いを託して、惹かれ合っていたこと。
しかも、話が弾んでいたのは、お互いのAIが似たデータを学んでいたから、という偶然。
まるでAIが仲を取り持っていたかのようだ。
でも、そこには「本当の彼」と「本当の彼女」がいた。
彼は、不器用だけれど正直で、真面目な青年だった。
彼女は、表現は拙いけれど、実直で素直な心を持っていた。
手紙では上手に書けたことが、口にするとうまくいかない。
でも、それが人間らしさだと気づいた。
手紙に頼らなくても、少しずつ、ふたりの言葉で話していけばいい。
やがて、彼は彼女に言った。
「これからは、自分の言葉で話すよ。うまくなくても、伝えたいから」。
彼女は微笑んで、「私も。あなたの言葉が聞きたい」と返した。
ふたりはもう一度、ゆっくりと歩き始めた。
桜の花びらが舞い落ちる中、手と手を繋いで。
AIが繋いだ恋は、今度はふたり自身の力で、未来へと続いていくのだった。
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